ロックスターの横顔 vol.10

ヴァン・ヘイレン

弁償代20万円、ハンバーガー事件 MUSIC LIFE CLUB Presents

ロックスターの横顔 vol.10 ヴァン・ヘイレン

弁償代20万円、ハンバーガー事件

2021.September


「すげえギタリストがいる!」と話題になり始めたのは1978年頃だったと思う。エディ・ヴァン・ヘイレン……当時、まだ少年の面影を残していた21歳だった。なにしろ、当時のロック界と言えばイーグルスの「ホテル・カリフォリニア」の大ヒットや、オールマン・ブラザーズ・バンドに象徴されるユル~い、ブルースの味わい等、どれも、ちょっとオトナの風味で10代のギター少年達には物足りなかったかもしれない。ちなみに、この時期、10代の少女達にはチープ・トリックとジャパンがいたのは幸いだ。

 

そんな状況下で聴いたヴァン・ヘイレンは、まるで横っ面を、いきなり張り倒されたような衝撃だった。その魅力は、たちまち話題となり、なんとデビュー半年にして初来日が実現してしまう。そのライヴは私の想像以上に騒々しく、無鉄砲で、文句なくカッコ良かった。

 

翌年、2度目の来日が決まった頃には、ヴァン・ヘイレンはスター・バンドになっていた。飛ぶ鳥を落とす勢いとは、ああいうことを言うのだろう。しかァ~し、その2度目の来日で、私は今も忘れられない出来事と遭遇することになる。ヴァン・ヘイレンの取材は、いつもヴォーカルのデイヴ・リー・ロスが主導権を握って、私達取材陣の意見を聞きながらあれこれとアイディアを出した。まァ、デイヴがOKすればインタビューも写真撮影も問題なかったので、私達にすれば、やりやすかったとも言える。




大阪公演のあった日の昼間、大阪城公園で撮影をすることになり、ホテルのロビーで待っているとエレベーターが開き、そこから飛び出して来たメンバーを見て驚いた。4人ともローラースケートを履いてギャーギャー叫びながら、ロビー中を走りまわる。ホテルの支配人が青くなって飛んで来て、外に追い出される始末だった。次の日、デイヴに呼び出されて部屋に行くと「東京に帰ったら写真撮影の面白いアイディアがあるんだ。スタジオにハンバーガー100個、用意してくれ」と言う。ハンバーガー100個? 一体、何に使うのか?と聞いてもデイヴは教えてくれない。いや~~な予感はしたが写真を独占で取れるならと知り合いのスタジオを借り、そこにハンバーガー100個を積み上げたテーブルにスポット・ライトを当ててメンバーの到着を待った。用心のため床にはビニール・シートを敷き詰め、それがズレないように端っこをテープで止めるのも忘れなかった。

 

やがて姿を現したメンバー、デイヴは点検するようにハンバーガーを積み上げたテーブルを見回すと一言、「OK、いいだろう」この言葉が出た途端、アレックスやエディが何やら奇声を上げながら、アッという間にハンバーガーの山に突進!! それ以降は、もう思い出しても地獄絵図だった。とにかく、ハンバーガーを互いに投げ合い、掴みあい、ブッ潰しあい、おまけにマヨネーズやケチャップも飛び交うアリサマ。床に敷いたビニールなど、とっくに破れ、そこに潰れたハンバーガーが形を成さずに床になすり付けられたようになっている。





「いやァ、最高だったぜ!」と言いながらケチャップだらけになったメンバー達が一体、いつ頃、ホテルに帰ったのかも分からないまま、潰れたハンバーガー100個の残骸とマヨネーズやケチャップ、マスタードが混ざって異様な匂いが充満するスタジオにボーーゼンと立ちつくす私達取材陣。それを見て怒り心頭のスタジオ・オーナーが言った。

「これじゃ当分、使いものにならないよ。床のじゅうたん代は弁償してもらうから!」「は、はい、すみません」と、言ったものの果たして会社の経理が約20万円を経費として認めてくれるか否か? このハンバーガー事件は今も、私の脳裏に鮮明に焼き付いている……って、こんなザマ忘れられるはずがないっちゅーの! ちなみに弁償代20万円は経理がシブシブ認めてくれた。

 

その後、ヴァン・ヘイレンは1985年にデイヴが脱退。私個人はデイヴ以外のヴォーカルでヴァン・ヘイレンを観たくなかったし、いくらヒット曲を量産しても、どこか行儀の良さが漂うバンドに好感は持てなかった。もっとも、今の時代に、あんなバンドがあり得ないことは承知している。でも、あの頃に傍若無人な規格外の魅力でファンを魅了したバンドが確かにいた。

 

2013年の15年ぶりの来日公演では復帰したデイヴに加え、エディの息子ウルフギャングがベーシストとして参加していた。エディと息子の競演なんて、月日の流れは速いなァと、妙にシミジミしたものだ。そして2020年10月6日、エディ・ヴァン・ヘイレンの訃報が息子のツイッターで発表された。享年65歳、長く病を患っていたことは知っていたが、私には大好きなギターを弾きまくる少年のような姿しか思い浮かばない。

(東郷かおる子)


最強のヴァン・ヘイレン、ここに復活!
オリジナル・ラインナップによる2度限りの来日ツアーを未使用カット多数の写真とメンバーの行動記録他で集大成!

 

ヴァン・ヘイレン ライヴ・ツアー・イン・ジャパン 1978 & 1979<シンコー・ミュージック・ムック>
2018/07/11発売
¥ 2,750

南カリフォルニアの裏庭パーティ・バンドの成功への道のりを200人を越える証言を元につぶさに追ったドキュメンタリー

ヴァン・ヘイレン・ライジング 伝説への導火線
2021/06/30発売
¥ 3,300







NAVIGATOR


東郷 かおる子 Kaoruko TŌGŌ 音楽専門誌「ミュージック・ライフ」元編集長。
神奈川県横浜市出身。星加ルミ子氏に憧れ、高校卒業後、(株)新興楽譜出版社(現・シンコーミュージック・エンタテイメント)に入社。

1979年に編集長に就任。1990年に退社。現在はフリーランスの音楽ライターとして活動。近著に「クイーンと過ごした輝ける日々」(シンコー・ミュージック刊)。



東郷かおる子さんが編集長だった『ミュージック・ライフ』は『MUSIC LIFE CLUB』と姿を変え、クイーンを中心とした往年の洋楽アーティスト/グループのニュースや情報をお伝えするサイトとして、シンコー・ミュージックが完全に無料のサービスとして運営中。


INDEX


関連製品

あわせて読みたい

もっと見る