ロックスターの横顔vol.1

クイーン

クイーンの思い出 MUSIC LIFE CLUB Presents

ロックスターの横顔vol.1 クイーン

クイーンの思い出


一昨年の秋に公開された映画「ボヘミアン・ラプソディ」の大ヒットは音楽業界だけでなく、映画業界でも近年、例を見ない出来事として記憶されている。音楽専門誌「ミュージック・ライフ」の編集者として、長年、音楽業界に携わってきた私も、映画の試写を観た段階では、そこそこのヒットになるかもしれないという期待はあったものの、まさか観客動員数が100万人を突破、興行収入が約130億3千万円という数字を叩き出すとは思いもしなかった。

これは日本市場だけの現象ではなく、2019年2月に発表された第29回アカデミー賞で5部門にノミネートされ、主役のレミ・マレックは最優秀主演男優賞を獲得してしまった。この映画は’70年代から’80年代にかけて活躍した英国のロック・バンド、クイーンのヴォーカリスト、フレディ・マーキュリーの半生を描いたものだが、劇中で使われたクイーンの音楽そのものの魅力が、クイーンを知らなかった若い世代にまで波及し、なによりもリピーターの多さが予想外の大ヒットにつながった。

映画のタイトルになった「ボヘミアン・ラプソディ」はクイーンが’75年に発表したアルバム『オペラ座の夜』に収録され、伝説的な名曲として知られている。何がこの曲を伝説と言わしめるのか? まず、’70年代当時、シングル盤は3分半ほどの長さが当たり前で、それがラジオでオンエアする際の不文律だった。ところが、この曲は5分55秒という型破りの長さで発売された。当然、レコード会社もマネージャーも反対したがメンバーは断固、この長さにこだわった。



さらにレコーディング作業にも妥協を許さず、特に中盤のオペラティックなコーラス部分には徹底的にこだわった。当時は16トラックが主流だったが、彼らは24トラックで録音し、コーラス部分の多重録音には3週間も費やした。そうして完成した曲は、まるで200人位の大コーラス隊が歌っているかのような迫力を生み出している。このコーラス部分の多重録音は、なんと180回も繰り返して録音され、メンバーは1日、12時間以上も歌い続けたという気の遠くなるような逸話が残されている。美しいバラード調で始まり、それが徐々に高揚してオペラのような荘厳さに変わり、その頂点から、いきなり激しいハード・ロック調に鮮やかに変化する。「ボヘミアン・ラプソディ」という曲の摩訶不思議なカタルシスこそが、聴く人を惹き付けて止まない最大の魅力だ。作者はフレディ・マーキュリーだが、彼の独特の美意識と、それに応えた他のメンバー達の努力の結晶が、この希代の名曲を生んだ最大の要因と言えるだろう。

「母さん、たった今、人を殺してきたよ」という衝撃的な冒頭の歌詞はゲイという性的少数者だったフレディの繊細な心情を歌っていると言われているが、その真意は永遠の謎だ。私は一度だけ、この歌詞の意味をフレディ本人に聞いたことがあるが「とても個人的な曲なんだ」と言うだけで詳細は明かしてくれなかった。



映画はオリジナル・メンバーでの最後の来日公演を行った’85年に開催されたアフリカ難民救済のチャリティ・コンサート「ライヴ・エイド」の場面で終わる。当時、会場となったロンドンのウェンブリー・スタジアムで実際にクイーンの演奏を聴いたが、それは私が、それまで何10回となく観た彼らのコンサートのなかで、最高の演奏だった。

今年の1月「クイーン+アダム・ランバート」として来日したブライアン・メイとロジャー・テイラーに久々に再会する機会があった。「すっかり歳を取ったよ」と笑う2人と話しながら、彼らにとっても、またファンにとってもクイーンの音楽は永遠に絶えることのない熱い灯なのだと確信した。


(東郷かおる子)
Pix : Koh Hasebe / ML Images / Shinko Music
写真:長谷部 宏/MLイメージズ/シンコー・ミュージック

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東郷 かおる子 Kaoruko TŌGŌ 音楽専門誌「ミュージック・ライフ」元編集長。
神奈川県横浜市出身。星加ルミ子氏に憧れ、高校卒業後、(株)新興楽譜出版社(現・シンコーミュージック・エンタテイメント)に入社。

1979年に編集長に就任。1990年に退社。現在はフリーランスの音楽ライターとして活動。近著に「クイーンと過ごした輝ける日々」(シンコー・ミュージック刊)。



東郷かおる子さんが編集長だった『ミュージック・ライフ』は『MUSIC LIFE CLUB』と姿を変え、クイーンを中心とした往年の洋楽アーティスト/グループのニュースや情報をお伝えするサイトとして、シンコー・ミュージックが完全に無料のサービスとして運営中。


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